APV法とは?
APV法
WACC法は、現在価値の計算は、資本構成が安定していること前提とした指標になります。したがって、将来的に資本構成が大きく変化するような財務施策をうった場合、DCF法での価値算定はどうしても限界が生じてしまいます。そこで、DCF法にかわる価値算定法として用いられるのがAPV法(アジャスティッド・プレゼント・バリュー法です)
APV法とは、将来のキャッシュフローが無借金の状態で得られると仮定して、現在価値を計算した上で、借入れをすることによるキャッシュフロー増加分(利払いにかかる節税効果)をプラスして価値算定する方法です。
DCF法の場合は、負債による節税効果をWACC(割引率)に織り込んで計算しましたが、APV法では、節税効果だけを後から足し合わせて計算していきます。
無借金と仮定した事業価値
具体例として次のような例を想定します。
投資額 | 100万円 |
FCF | 20万円 |
割引率 | 7%(無借金時の割引率) |
予測期間 | 7年 |
_ | 0年後 | 1年後 | 2年後 | 3年後 | 4年後 | 5年後 | 6年後 | 7年後 |
投資額 | -100 | - | - | - | - | - | - | - |
キャッシュフロー | - | 20 | 20 | 20 | 20 | 20 | 20 | 20 |
現価係数(割引率10%) | - | 0.91 | 0.83 | 0.75 | 0.68 | 0.62 | 0.56 | 0.51 |
PV | - | 18.2 | 16.5 | 15.0 | 13.7 | 12.4 | 11.3 | 10.3 |
NPV | -100 | -81.8 | -65.3 | -50.3 | -36.6 | -24.2 | -12.9 | -2.6 |
この前提では、回収期間の7年でNPVがマイナスになってしまうので、投資価値はないという判断になってしまいます。
無借金時のビジネスから得られるキャッシュフローに対する割引率
無借金時は、株主資本コストのみがかかります。しかし、β値は借金があるときよりないときの方が低くなるので、無借金時の割引率は次のようになります。
リスクフリーレート + β(無借金時<借金があるときのβ)×リスクプレミアム
この場合のβは、アンレバードベータなので、無借金時の割引率はビジネスリスクのみを表します。
借金をして節税効果を計算
上と同じ前提条件において、投資額100万円の全てを借入れで賄った場合、借入れに対して発生する利払いの節税効果をキャッシュフローとしてプラスする必要があります。
借入金は、10万円ずつ返済されて、7年後に残りを全額返済すると仮定します。すると、各年度における利払いとその節税効果は次のようになります。
- | 1年後 | 2年後 | 3年後 | 4年後 | 5年後 | 6年後 | 7年後 |
年初借入金残 | -100 | -90 | -80 | -70 | -60 | -50 | -40 |
利子(金利4%) | 4.0 | 3.6 | 3.2 | 2.8 | 2.4 | 2.0 | 1.6 |
節税効果(税率40%) | 1.6 | 1.4 | 1.3 | 1.1 | 1.0 | 0.8 | 0.6 |
減価係数(割引率4%) | 0.96 | 0.92 | 0.89 | 0.85 | 0.82 | 0.79 | 0.76 |
PV | 1.5 | 1.3 | 1.1 | 1.0 | 0.8 | 0.6 | 0.5 |
NPV | 1.5 | 2.9 | 4.0 | 5.0 | 5.8 | 6.4 | 6.9 |
(割引率には負債コスト4%を用いています)
以上のように、借入金による節税効果の現在価値は6.9万円であることがわかりました。
節税効果に対する割引率
今回の例では、節税効果には負債コストを用いました。節税効果が負債コストにしか依存しない場合は、これでOKです。しかし、節税効果は利益が黒字になって初めて享受できる効果なので、ビジネスリスクに依存していると見ることもできます。
したがって、黒字を続けられない可能性がある企業のように、節税効果がビジネスリスクに依存する可能性が高い場合は、ビジネスから得られるキャッシュフローに対する割引率を用います。
重要なことは、キャッシュフローに対する割引率は、そのキャッシュフロー得るためのリスクに依存するということです。
両者の現在価値を単純合算
ここまで結果から、この事業から得られるキャッシュフローの現在価値は、無借金の場合で-2.6万円となり、事業に必要な投資額を全て借入れで賄った場合の節税効果の現在価値は、6.9万円になることがわかりました。
したがって、この事業を全て借入金で賄った場合のキャッシュフローの現在価値は、両者を合算して、4.3万円になります。つまり、借入金を使って投資をすれば、この事業は採算が取れるということを意味します。
APV法の利点
資本構成が大きく変化しても計算可能
負債の要素を切り分けて考えられるので、資本構成が大きく変化するような投資案件(例えばLBOや事業再生場面)でよく用いられます。
WACCを使う場合でも、資本構成が変わるごとに、WACCの値を変えることで資本構成の変化に対応できますが、不確実性の高い、将来の時価総額を求めなければならないというデメリットがあります。
要素ごとにキャッシュフローに与える影響を吟味できる
APV法は、事業価値と節税効果という要素に切り分けてキャッシュフローを考えるので、各要素がキャッシュフローに与える影響を個別に議論できるというメリットもあります。
APV法のデメリット
借入金を増やすことによる財務リスクを加味できない
APV法では、借入金を増やすことによる節税効果を算定できますが、借入金を増やすことで上がる財務リスク(資本構成、借入金比率)を加味することができません。
WACCは、借入金の比率が増えるとβ値(レバードβ)が上がるので、財務リスクが加味された指標になっています。しかし、APV法で用いるβ値は、アンレーバードβ、すなわちビジネスリスクだけを抽出した値なので資本構成を加味しできていません。
そのため、普通にAPV法を使う場合は、借入金がその会社の財務リスクを脅かす領域にはないという前提を置く必要があります。もしくは、APV法を次のようにアレンジしてNPV(もしくは事業価値)を求めてもよいでしょう。
NPV(事業価値) = 無借金の場合のNPV(事業価値) + 節税効果
−財務リスク(WACCのβに相当するリスク指標)