法務部リスク管理課

法務部リスク管理課に所属しながら、中小企業診断士としての活動を模索中。

巨額買収で「のれん」が大量発生市場開拓と製品買収が至上命題に

【武田薬品工業】 巨額買収で「のれん」が大量発生 市場開拓と製品買収が至上命題に|数字で会社を読む|ダイヤモンド・オンライン


国内製薬企業として過去最大の買収額で欧州企業を買収することを決めた武田薬品工業。無形資産である「のれん」を大量に発生させる巨額買収の意味と勝算はどこにあるのか。

 国内製薬トップの武田薬品工業は5月、スイスの非上場会社ナイコメッドを約1兆1000億円で買収する(米国皮膚科事業を除く)と発表した。

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 武田の業績推移(図①)を見ると、近年、売上高、営業利益、純利益の右肩上がりは崩れ、営業利益率は悪化している。一因は主力品が相次いで特許切れを迎え、他社の後発医薬品に市場を奪われていることだ。2012年度には年間約4000億円を売り上げている主力品の糖尿病治療薬「アクトス」の米国での特許も切れる。13年度のさらなる業績悪化は明らかだ。だからこそ武田は次の成長基盤を手に入れるために、08年に約7200億円を投じた米ミレニアム・ファーマシューティカルズに続き、大型買収に踏み切ったのだ。

 ミレニアム買収の狙いは、新薬候補を取り込み、市場成長性が期待できるガン領域で次なる主力品を育てることだった。しかし、医薬品の開発は10年にも及び、失敗するリスクも高い。そう簡単に飯の種は花開かなかった。

 一方、ナイコメッドの買収について、長谷川閑史社長は「長年の懸案事項だった欧州全域での事業基盤の強化、そして今後の医薬品市場を牽引する新興国市場への本格参入が実現できる」と効果を強調してみせた。武田は売上高の9割を日本と米国で稼いできた。対してナイコメッドは10年度売上高約3200億円(米国皮膚科事業を除く)のうち5割を欧州、4割を新興国が占め、販売網の相互補完が期待できる相手だった。

 もっとも、武田の資産構成(図②)は巨額買収が始まった08年度を境に様変わりした。

 武田はミレニアムの買収を潤沢な手元資金で賄った。米国事業の再編も重なり、ミレニアムや統合した米国グループ会社が販売中の医薬品の特許権が無形固定資産に計上された。さらに買収価格とミレニアムの時価純資産の差額である「のれん」が発生した。07年度まで無形固定資産はごく小さかったが、08年度以降、一気にふくらんだ。

 損益計算書も変化した。08年度に武田は無形固定資産償却費(のれん償却費を除く)約700億円、のれん償却費約150億円を計上した(図③)。それまでこれらの償却費はゼロに近かったが、以降、毎期計上され、武田が本業で生んだ利益を押し下げるようになった。

 続くナイコメッドの買収で、のれんはさらにふくらむ。ナイコメッドのバランスシート(図④)は、無形固定資産とのれん、負債の固まりである。借り入れで欧州や新興国の同業の買収を繰り返し、レバレッジをきかせて事業を拡大してきた結果だ。

 武田は買収額のうち4000億〜5000億円をナイコメッドが金融機関から借りた資金の返済に充てる。また武田自身が買収に際して6000億〜7000億円を借り入れる。手元資金(現預金と短期有価証券の合計)は約9000億円あるが、運転資金を残すためだ。買収完了後の武田のバランスシートは左にのれん、右に負債が大量にのしかかることになる。
会計基準見直しで
のれんの非償却も

 国際会計基準(IFRS)ではのれんの定期償却は不要だが、日本の会計基準でのれんは20年以内に規則的に償却されてきた。

 今回の買収で大量ののれんが発生する武田は、のれん償却を回避できると踏んでいた。IFRSの日本強制適用の計画と連動して、日本基準もIFRSとの差異を減らす方向にあり、のれんは今期から非償却が可能になる見通しだったからだ。武田は11年度以降の業績見通しや中期経営計画の数値はのれん非償却を前提とした。

 ただ、予想どおりに事が運ぶかは未知数だ。のれん非償却の是非を問う議論はまだ決着を見ていない。もちろんIFRSを適用すればのれんを非償却にできる。たとえば大型買収を繰り返したJTは今期からIFRSに移行し、多額ののれん償却から解放される。現時点で武田は13年度を目標に移行準備を進めている。なお日本での強制適用時期は先送りが濃厚だ。

 結果的に武田が11年度にのれんを償却することになった場合、現在の予想利益から、のれん償却費140億円分が差し引かれる。これにナイコメッド買収で発生するのれんの償却費がさらなる減益要因となる。

 たとえ、のれんが非償却となっても、被買収企業の価値が劣化すれば、減損テストに基づき一気にのれんを減損処理する必要に迫られる。買収によって当面の売上高や利益が底上げされることに胸をなで下ろしている暇はない。今後、武田が実行すべきことは明白だ。

 第1は、11年9月末までの買収手続きが完了次第、早急に日米で頭打ちになった既存の製品を欧州や新興国で売り伸ばすこと。グローバリゼーションを加速させる時間をカネで買った効果を最大限に生かすのである。

 第2は医療用医薬品の世界売上高で16位から12位に浮上した強さを訴え、有望な新薬の開発権や販売権を他社から買うことだ。ナイコメッド買収後の販売エリアは現状の28ヵ国から70ヵ国に拡大する。この販売力を、有力な製品を他社から買う材料にするのだ。

 のれんの償却方法がどのように決着しようとも、ナイコメッドの買収で発生するのれんの価値を上回る成果を出し続ける──。

 武田が巨額M&Aの成功を証明する方法は、それしかない。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 臼井真粧美)