法務部リスク管理課

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「のれん償却廃止」で利益が乱高下!? IFRSで変わるM&A戦略の行方

今日ものれん代のネタです。

「のれん償却廃止」で利益が乱高下!? IFRSで変わるM&A戦略の行方|IFRS最前線|ダイヤモンド・オンライン


「のれん償却廃止」で利益が乱高下!? IFRSで変わるM&A戦略の行方

林恭子 ダイヤモンド・オンライン 2010/9/2

これまで、IFRSの適用が膨大な手間とコストを招く可能性を指摘してきたが、否定的なことばかりではなさそうだ。「のれん」に関する会計方針の変更は、「利益を押し上げる効果がある」というのだ(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2010年3月17日)。


これまで本連載では、国際会計基準IFRS)の適用が膨大な手間とコストの拡大を招く可能性があることを指摘してきた。しかし、IFRSの適用によってもたらされるのは、否定的なことばかりではなさそうだ。なんと、「のれん」に関する会計方針が変更されることによって、「利益を押し上げる効果がある」というのである。

「のれん」とは、企業の買収・合併時における「買収の支払対価」と「買収された企業の時価評価純資産」(企業価値)との差額のことであり、「財務諸表には表示できない企業の価値」(山田和延 アクセンチュア・シニアマネジャー)を指す。

連載第6回で述べたリース会計などと同様に、のれん代に関する会計処理についても、IFRSとの差異をできるだけなくすためのコンバージェンス(収斂)が検討されている。

実際、現行の日本基準においても、今年(2010年)4月からのれんに係る「企業結合会計」は改正される。それにより、企業買収の際に対象企業の純資産よりも安い価格で買収する「負ののれん」の償却は廃止され、買収時に利益として一括計上されることが決まっている。

また、企業結合時に合併する企業を対等に評価する日本式の「持分プーリング法」が認められなくなり、合併取引を企業買収とみなす海外の考えに沿った「パーチェス法」だけが許されることになる。

のれんに関するIFRSへのコンバージェンスが本格的に進むのは、2011年以降となる予定だ。企業がIFRSを適用した際には、大きな変化を迎えそうだ。


IFRS早期適用で「利益押し上げ効果」の恩恵も


では、IFRSを適用した場合、のれん代は日本基準とどのように扱いが違うのだろうか。まず大きく違うのが、冒頭でも述べたように、IFRSには「利益を押し上げる効果」がある点だ。

現行の日本基準では、のれん代は資産として貸借対照表に計上され、20年以内での償却(費用処理)が求められている。とはいうものの、実務上では税法に従い5年償却が行なわれるのが一般的だ。いずれにせよ、毎年規則的に償却しなければならないため、利益を減少させる要因となる。したがって、これまで「事業会社にとってのれんはネック」(高桑昌也エスネットワークス取締役)だった。

一方のIFRSでは、のれん代を無形資産として計上するものの、償却は認められていない。つまり、毎期規則的に費用として「のれん償却費」が計上されないため、利益を押し上げる効果がある。

この「利益押し上げ効果」の追い風を大いに受けるのが、M&Aが盛んに行なわれている業界である。特に「海外に活路を見出している“規模が命”の製薬業界や、少子高齢化によって日本市場が頭打ちとなっている食品業界などがよい例」(山田氏)だろう。

では、のれんを多額に計上している日本たばこ(JT)を例に挙げて説明しよう。

JTは、2007年にイギリスのタバコ会社ガラハーを2兆円超で買収した。そうしたことなどにより、08年3月期の売り上げは前年比34.4%増加した。さらに、営業利益も29.7%増となった。

しかし、買収が売り上げを拡大するのと同時に「のれん」に対する償却費も負担となっている。実際、09年3月期ののれん償却額は1055億1100万円まで膨らんだ。売上高は前年比6.6%にも関わらず、営業利益が前年比▲15.5%となったことからも、「のれん」がいかに利益を圧迫しているかが、わかるだろう。

しかし、IFRSを適用すれば定期償却がなくなるため、利益が圧迫されることはなくなる。したがって、JTのような企業が早期適用に踏み切れば、一気に利益を押し上げることができるはずだ。M&Aなどが盛んに行われている業界では、「好機到来」と言えるだろう。

問題事業は「減損」リスクと隣り合わせのM&Aへ


こうしたことから、IFRSによる「のれん」の会計処理は良いことづくめのように感じるかもしれない。

しかし、そこにはやはり“落とし穴”がある。IFRSでは、のれんの定期償却がない代わりに、年1回は「減損テスト」を行って、のれんの価値を再評価しなければならないのだ。

「減損テスト」とは、のれんの価値が毀損していないかを確かめるために、回収可能額と帳簿価額とを比較すること。帳簿価額に満たない場合は、損失処理をしなければならない。これまでの日本基準でも、減損の兆候がある場合には「減損テスト」が行われていたが、IFRSでは減損の兆候の有無に関わらず、年1回は必ずテストを行わなければならない。企業にとっては、手間がかかると同時に、減損リスクも高まりそうだ。

さらに、減損テストにあたって、のれんの帳簿価額と比較をする「回収可能価額」の算出方法についても、日本基準とIFRSでは異なっている。このことも、減損リスクを高めそうだ。

前出の山田氏は「日本基準の場合、のれんは関連資産から生じる“割引前”将来キャッシュ・フローであるのに対し、IFRSは“割引後”将来キャッシュ・フローであるため、将来の価値が低くなりがちで、減損になる可能性が高まる」 と指摘する。

つまり「減損テスト」の実施が義務付けられることによって、のれんの償却から免れたとしても、のれんの対象となる企業や事業の業績が悪化すれば、逆に多額の減損リスクを背負い込んで、一時的に莫大な損失を被りかねない。

これまで採算性を度外視した買収額でM&Aを行っていた企業は、うかうかしていると大きな痛手を被る羽目になるはずだ。

外食業界も標的に!?減損は業績に追い討ちをかける


あまり知られていないかもしれないが、土地や店舗を多数保有している外食業界も「のれん」の額が大きい業界の1つである。例として、大手カラオケ・レストランチェーンのシダックスと、『甘太郎』『ラ パウザ』といった居酒屋・レストランチェーンを運営するコロワイドを挙げ、彼らがどれだけ減損のリスクに晒されているかを見てみよう。

まず、シダックスの財務諸表を見てみると、09年3月期の純資産226億3700万円に対して、のれんは127億7800万円と純資産の約2分の1に及んでいる。

さらに、コロワイドに関しては、純資産に占めるのれんの割合が突出して大きい。09年3月期の純資産140億6000万円に対して、のれんは104億2700万円と、なんと純資産の7割を占めているのだ。

前述のように、減損になるのは、のれんの対象となるビジネスの調子が悪く、事業が傾きかけているときだ。そういう状態にある企業は、ただでさえ本業の収益が厳しく、ヘタをすると赤字に陥っている場合もある。そんなときに、のれんの減損まで費用処理されることになれば、より大きな赤字を招きかねない。

つまり、「業績が悪くて損益が厳しい上に、のれんによる減損を損失として計上すれば、業績悪化に追い討ちをかけることになる。業績が大きくぶれるのがIFRSの特徴」(野村直秀 アクセンチュア・エグゼクティブパートナー)なのだ。

これまでのれんを定期償却してきたことからもわかるように、日本人は企業経営において、「リスク分散」を好む傾向が強い。それに対してIFRSでは、一気に損失を吐き出すドラスティックな会計処理が好まれる。

急激な減損を行なわざるを得なくなれば、企業は株主への説明に窮することになる。そのため、損失を打ち消すための「改善策」を早急に捻出する必要に迫られるはずだ。


「のれんの会計処理の変更によって、経営の舵取りが大変になるはずだ。
M&Aを盛んに行っている企業経営者は、一層気をつけなければならない」と野村氏は指摘する。

「のれん」から無形資産を算定M&A時にさらなるコスト負担!?

このように、IFRSの適用によって、企業は「減損テスト」 の実施を迫られ、手間とリスクに晒されることになる。ただし、のれんに関する問題はこれだけではない。
会計処理の変更によって、もう1つ多額のコストと手間がかかる要素がある。それは、「のれん」の定義が日本基準とIFRSでは異なっていることだ。

「のれん」の定義は、両者でどのように異なっているのだろうか。

日本基準における「のれん」とは、企業の買収・合併時の「買収の支払対価」と、「買収された企業の時価評価純資産」(企業価値)との差額全体を指す。

一方のIFRSでは、日本基準でいう「のれん」を顧客名簿や従業員価値、ブランド、商標などの無形資産に配分し、その残りを“のれん”としている。つまり、日本基準では必要のなかったそれぞれの無形資産の評価まで行わなければならないのだ。

ブランドや商標などは、ただでさえ実質的な価値を明確に規定しづらい資産だ。IFRSの理念に従って純粋なのれんを算出することは、容易なことではない。

そのため、無形資産の評価を自社で行うことは客観性に欠け、現実的ではない。高桑氏は、「監査法人やコンサルティングファームなどの外部機関に頼らざるを得ないため、恐らく費用もそれなりにかかるはず」と語る。合併・買収時には、無形資産の評価についてもコスト負担が増えるのは間違いなさそうだ。

しかも、手間とコストをかけて評価したのに、無形資産の価値が期待していたよりも低くなってしまう可能性も否定できない。そうなれば、純資産も縮小してしまう。IFRS適用になれば、この評価を避けることはできない。これまでやみくもに競合他社を買収してきた企業は、大きなリスクとコストを負担することになるだろう。


健全なM&Aを行えばメリットだけが残る!


連載第4回でも触れたように、このような不安が広まれば、「上場企業としてIFRSの適用にかかる手間やコスト、リスクを負担することを嫌がり、上場廃止を選ぶ企業が増える可能性がある」(高桑氏)ことも考えられる。

しかし、IFRSの適用は、減損テストに耐え得る健全なM&Aや経営の効率化を実現するという点で、結果的にはメリットをもたらすことも考えられる。

なぜなら、企業が減損リスクを恐れて、やみくもに高値をつけた買収や、将来の事業価値を適切に見極めない早計な買収をしなくなる可能性が高いからである。さらに減損によるのれんの減額は、企業に大きな損失を与えるものの、企業が経営戦略を見直すきっかけにもなる。それは、経営や事業の抜本的な見直しにつながり、経営そのものの健全化や効率化を促す可能性もある。

投資家にとっても、これまでのれんが定期償却されていたがために見過ごしてきた「事業の実力」をより正確に判断できるようになるため、経営の透明性は格段に増すだろう。

「のれん」1つをとってみても、IFRSの適用が企業に様々な負担やリスクを強いるようになることは、おそらく間違いない。とはいえ、自社の「のれん」に本当に価値があるならば、いつまでも資産として残ることに変わりはない。

M&Aを盛んに行う企業や業界にとって、IFRSの適用は、自社のM&A戦略を見直し、将来も価値を生み出す事業計画を練り直すきっかけになるのではないだろうか。